偉人たちの横顔

ロシアより愛をこめて、未知の元素を予言

ドミトリ・メンデレーエフ 1834~1907

すべての物質のもとは元素

古代ギリシャ人は「物質は、火・水・空気・土の4元素から成る」と唱え、古代中国では「木・火・土・金・水」が物質の素と考えられていました。ルネサンスや産業革命を経て、18世紀のヨーロッパの科学者たちは「元素は、それ以上単純な物質に分解できないもの」と定義し、33種類の元素を示し、19世紀になると次々に新しい元素が発見され、総数は63に達しました。

メンデレーエフの周期表

その頃、ロシアのサンクトペテルブルク大学の教授だったメンデレーエフは、「元素をどのように並べたら化学を理解しやすくなるか」を考えていました。そのために、元素の名前と特徴を書いたカードを作り、性質に則った系統的な並べ方を探っていました。そして、1869年2月、朝食中に「元素の重さ(原子量)の順に並べる」というアイデアが浮かび、試してみると面白いことに気付きました。元素の性質は重さによって周期的に変わり、同列に並んだ元素はよく似た性質だったのです。しかも、その周期表に従えば、あるべきはずの場所に埋めるべき元素がありません。
彼は「ここに未発見の元素がある」と考え、ホウ素、アルミニウム、ケイ素の後に来るはずの元素を、それぞれ「エカホウ素」「エカアルミニウム」「エカケイ素」と命名し(エカ:サンスクリット語で「第一」の意味)、元素を構成する原子の重さや比重などを予想して発表しました。
しかし学界は、未知の元素を予言する試みは科学的でないと冷ややかでした。その後、1875年にフランスで「ガリウム」が発見されると、メンデレーエフは「これは予言したエカアルミニウムに違いない」と考え、ガリウムが詳しく研究される前に、その化学的性質を発表したのです。科学者たちが研究を進めると、彼が示した通りの性質が確認されました。
さらに1879年に「エカホウ素」とした未知の元素が「スカンジウム」として発見され、1886年には「エカケイ素」に相当する「ゲルマニウム」が発見され、メンデレーエフの評価は決定的となり、以後、周期表は改訂を重ねながら「化学のバイブル」となりました。

人間くさい大先生

ボサボサの髪と髭、鋭く青い眼という彼の風貌には威圧感がありますが、独創的な講義が評判で、大学の教室はいつも満員でした。また、自身が苦学生だったことから学生の奨学金増額を文部大臣に要求し、拒否されるや大学を辞職します。私生活では、結婚前のドイツ留学中に女優に熱を上げて子までもうけ、帰国後も長く送金し、大学の給与を渡すことを約束して最初の妻と離婚した直後(43歳)に26歳年下の画学生と結婚しています。一方で、メンデレーエフの趣味は旅行カバンを作ったり、自分の衣服を縫うというもので、なんとも人間くさいエピソードの持ち主でした。

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