シリーズ偉人たち

静電気から動電気へ、時代を転換させた「電池」の発明

アレッサンドロ・ボルタ 1745年~1827年

世紀の変わり目に新時代を告げる「化学電池」誕生

800年、イタリアの物理学者ボルタは、静電気による起電・蓄電ではなく、2種類の金属を電解液で化学反応させて電気を発生させ、放電できる「化学電池」を発明しました。それは古代ギリシア人が摩擦で物を吸い寄せる力(静電気)を認識してから2,400余年後の“歴史的な事件”でした。
 その始まりは彼が王立高等学校の教師だった1775年、スウェーデンの学者が考案した静電気を溜める器具「電気盆」を改良し、国内外で評判になったことです。この器具は、蝋(ろう)の盆を毛皮や布でこすって帯電させ、その上に柄付きの金属盤を近づけ、指で触れてプラスの電気を逃がし(アース)、これを繰り返すことで盆に静電気を溜める仕掛けです。
 続いてボルタは、電気盆と蓄電瓶に、麦わらを用いた検電器を組み込んだ装置を製作し、電気を濃縮(コンデンス)するという意味の「コンデンサトーレ」と命名しました。これが現代の電子部品「コンデンサ」の名前の由来です。

ガルバーニが発表した「動物電気」に異議あり

1780年、ボローニャ大学の解剖学者ガルバーニは、患者用のスープ材料としてカエルを解体した際、2種類の金属メスをカエルの脚に差し入れると痙攣することに気づきました。この現象を彼は「カエルの体内で電気が発生し、神経を通じて電気が伝わり筋肉を収縮させる」と考え、1791年に「動物電気」として発表しました。当時、シビレエイやデンキウナギなどの発電器官を持つ魚が注目され、それと同じと解釈したのです。
 これに疑問を感じたのがボルタでした。ガルバーニの実験を追試験する中で、同種の金属を使った場合はカエルの脚は反応せず、異種の金属を接触させた時にだけ痙攣することに注目。さらにスイスの学者が著した「舌の実験」を思い出し、自分の舌を2種類の金属ではさむと、しびれや独特の味が生じ、額と口の中に2種類の金属を接触させてつなぐと目に光を感じました。この危険な実験を通じて、ガルバーニの電気は動物由来ではなく、種類の異なる金属の接触によるものと考えたのです。

ボルタ電堆をナポレオンに披露し、自身の名が電圧の単位に

 大学教授となっていたボルタは、自身の仮説を証明しようと様々な金属の組み合わせを試し、1800年ついに装置を完成させます。それはシビレエイの発電器官を参考にした直列構造で、亜鉛と銅の間に塩水で湿らせた布(紙という説も)を挟み何層も積み上げたものでした。
 そして、静電気の実験と同じように人への感電で発電を証明すると、ボルタの電堆はヨーロッパ中に銅板伝わり、追試験でも発電・放電が確されました。人類が初めて「動電気(電流)」を認識したのです。ボルタは実験機を「人工発電装置」と命名しましたが、人々は層が堆積した形から「電推(でんたい)」呼びました。
 当時、北イタリアを制圧していた科学好きのナポレオンは、ボルタをパリに招いて実験を披露させ、金メダルと爵位を与えています。その後、ボルタは塩水を希硫酸に変えた改良型の電池を開発し、より大量の電流を持続的に取り出せるようにしました。こうした功績により彼は「電気学の始祖」と称えられ、1881年に電圧の基本単位がその名にちなむ「ボルト」と制定されました。

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