#132 社会で役立つ放射線 2025年10月29日更新
イチゴが甘くなる仕組みを 解明して農業の新次元へ
国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構
量子技術基盤研究部門 高崎量子応用研究所
(群馬県高崎市)

(写真:第2回『科学の羮」インスタグラム写真コンテスト最優秀賞受賞)

(高崎量子応用研究所内)
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放射性同位元素を利用して農業の課題解決に貢献
日本の農業は、高齢化や担い手不足による就業者の減少、気候変動による農作物への影響など食糧生産の維持や持続可能性が危ぶまれる課題に直面しています。国はこのような課題を先端技術によって克服する「スマート農業」の普及をはじめ様々な取り組みを行っています。
こうした中で、量子科学技術研究開発機構(略称QST)高崎量子応用研究所(以下、QST高崎研)では、放射性同位元素(ラジオアイソトープ:RI)を用いた『RIイメージング』という技術を活用して、植物栄養学に基づく栄養元素の流れを可視化し、作物の高品質・高収量化につなげる研究を進めています。
そこで、シープレス編集部はQST高崎研を訪問し、プロジェクトリーダーの河地さんにRIイメージングの仕組みや研究成果などを解説いただきました。

河地 有木(かわち なおき)さん
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RIイメージングとは、どのような技術ですか?

栄養素などにRIを「しるし」として付け、生物の体内に投与して発生する放射線の動きを画像として可視化する技術です。
医療では『PET(陽電子放出断層撮影)がん診断』で、この技術が使われています。がん細胞はブドウ糖を過剰に消費することからRIのフッ素18(18F、半減期:約110分)をブドウ糖に付けて体内に投与し、腫瘍の位置や活性度を調べます。
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この技術を農作物に展開したのが『植物RIイメージング』です。植物は葉の光合成によって二酸化炭素と水から糖分をつくります。その一部はデンプンとなり葉に蓄えられ、残りの糖分は茎
を移動して果実や根、新芽など成長のために栄養を必要とする場所へ送られます。これを『糖分の転流』といいます。転流は作物の成長を左右し、収量や品質に直接影響を与えるため、栄養の流れを捉えることが重要です。そこでRI イメージングによって、光合成でできた糖の動きを可視化し、その仕組みを解明することで効率よく収穫部位に糖分を送るための栽培方法や品種改良につなげていきます。
栄養の流れを捉えることこそが作物生産のカギとなる

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どのような手順で植物RIイメージングが行われるのですか?
まず、糖分の「しるし」となるRIを製造します。大型サイクロトロンで光速近くまで加速した陽子を窒素14に衝突させると一部がRIの炭素11(11C)に変換され「RI付き二酸化炭素(11CO2)」のガスができます。これを植物に吸わせることで光合成によって糖分がつくられ、葉から他の器官へ転流します。この時に11Cというしるしが付いた糖が発するガンマ線を特殊なカメラ(ポジトロンイメージングシステム)で捉え、転流の様子をビデオ映像のようにリアルタイムで観察できるのです。11Cは半減期が約20分と非常に短いため、同じ植物を使って繰り返し実験ができます。




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どのようなことが判ったのですか?
イチゴが甘くなる仕組みを解明する研究では、光を受けた時間が長くなるにつれて、光合成で葉の中に蓄えられる糖分やデンプン量が増えて転流が活発になることが確認できました。
また、興味深いことに、葉によって糖分が運ばれる果実が異なり、1個の果実を成長させるために5枚の葉が役割分担をしていることが判りました。葉の大きさや葉の重なりによって影ができることで糖分の転流が変化することも確認しています。現在、このような現象のメカニズムを遺伝子レベルで解明する研究にも着手しています。
日本は、世界にあるイチゴの品種のうち半分以上にあたる約300種が栽培されており、「イチゴ大国」と言われています。生食での消費量は世界一とも言われ、世界のイチゴ需要に対する日本の果たす役割は大きくなっています。また、イチゴはNASA(アメリカ航空宇宙局)やJAXA(宇宙航空研究開発機構)が主導する火星や月面での宇宙農業プロジェクトで、主要栽培品目に挙げられるほど重要な作物です。そのため、イチゴが甘くなるメカニズムを明らかにし、収穫部への糖分の転流を最大化できる栽培や品種の開発へつなげることが期待されています。
葉によって糖が運ばれる果実が異なる

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植物の成長には土壌の栄養も重要ですが、そちらの研究は?
根とその周りの環境が影響し合う領域を『根圏』といいますが、地下で繰り広げられる養分を吸収する仕組みの解明は作物の生産性を向上させるカギです。ここでもRIイメージングによって様々な発見が相次いでいます。
根が直接利用できる養分は、周辺の水に溶けたわずかな量で、これを補うために植物は糖分を土中に分泌物として放出して溶かしたり、微生物に食べさせるなどして利用しやすくし、再び吸収しています(根の養分獲得能力) 。私たちは、植物が土壌中に、いつ、どれぐらいの分泌物を放出しているかを捉えるための実験システムを開発し、根圏の可視化に成功しました。
例えば、ルーピン(ルピナス)と同じマメ科のダイズのふたつについて、地下の栄養吸収の仕組みを「根圏イメージング」で撮像して比較すると一目瞭然で、ルーピンは根圏に分泌という行為を通して局所的に働きかけ、養分を獲得しようとしていることが分かります。このメカニズムを作物の養分獲得能力の強化に活かすことで環境負荷の大きい化学肥料の削減につながります。



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今後、植物RIイメージングは、どのように発展していくのですか?
RIイメージングプロジェクトでは、シダの一種が猛毒のヒ素を根から吸収して体内に輸送する様子を可視化することに成功しています。このヒ素高蓄積植物の根茎の役割を解明することで「植物を利用したヒ素汚染土壌の浄化」に貢献できます。また、アズキの仲間のハマササゲには、土中のナトリウムを排出する昼夜リズムがあることを発見し、このリズムを生む遺伝子を見極めてモデル植物に組み込んだところ耐塩性が向上しました。この成果は、塩害や淡水不足により農業が難しい地域での海水農業を現実のものにします。
こうした研究成果を早期に数多く社会実装するには、各大学などの研究機関が独自に発展させてきたRIイメージング技術を持ち寄り、RIの種類や用途に関わらずワンストップで研究や実験を行い、コラボレーションできる施設が必要です。この構想が認められ、2023年に福島復興再生特別措置法に基づき、「福島国際研究教育機構(略称:F-REI)」という新たな研究機関が福島県の浪江町に設立され、RIイメージング実験施設の構築がはじまっています。
私はその研究開発部門の植物イメージング研究ユニットでもリーダーを務めていますが、そこでの研究から農業に大きく貢献できる成果をご報告できると確信しています。



