#134 社会で役立つ放射線 2026年10月16日更新
ゴムの解析・制御に放射光を活用し、 先進的なタイヤを開発
DUNLOP(住友ゴム工業株式会社)(兵庫県神戸市)


独自の技術開発の裏に「放射光※」の活用があった
「ダンロップ」のブランドで知られるタイヤメーカーの住友ゴム工業は、2012年に転がり抵抗を大幅に低減した低燃費タイヤ「エナセーブ PREMIUM」を開発し、その後も耐摩耗性能や初期性能を長持ちさせるタイヤなどを開発してきました。さらに2024年には、水や温度に応じてタイヤゴムの硬さが自ら変化し、安全性と走行性能を向上させる独自の技術「アクティブトレッド」を搭載した全天候に対応する万能タイヤ「シンクロウェザー」を開発しました。
このような技術革新を成し遂げた原動力のひとつに「放射光」の活用があると聞き、シープレス編集部はダンロップを訪問し、フェロー 研究開発本部長 兼 先進技術・イノベーション研究センター長の岸本さんにお話を伺いました。

先進技術・イノベーション研究センター長 岸本 浩通 さん
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※光速で進む電子を磁石の力で曲げると光を放つ性質があり、この光を「放射光」という。放射光には目で見える光のほか電波や赤外線、X線などの放射線も含まれ、中でも波長の短いX線は、物質を原子や分子レベルで観察するのに適している。
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放射光を研究開発に採り入れた経緯とその成果について教えてください
相反する性能を両立させるにはゴムを構成する物質と構造が変化するメカニズムの解明が不可欠
相反関係にあるタイヤ三大性能の向上

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タイヤには、クルマが安定して走行するために路面をつかむ「グリップ性能」、転がり抵抗を抑えて効率よく走る「低燃費性能」、路面との摩擦でゴムがすり減る度合いを抑えて機能を長持ちさせる「耐摩耗性能」が求められます。しかし、これらはグリップ性能を高めれば転がり抵抗が増えて燃費が落ち、耐摩耗性能も低下するといった相反関係にあります。私たちの命題は、それぞれの性能を向上させつつバランスの良いタイヤを開発することですが、そこで重要となるのが天候や路面状況によってゴムが変化するメカニズムの解明です。
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放射光を用いてゴムの構造や物質の化学変化を観測・解析
研究開発では様々な課題となる物理現象を観察・観測して、分子や原子レベルのメカニズムを解明(発見)し、新たな機能を開発(発明)します。そのために、物質の構造や状態を観るためのツールとして放射光を活用するとともに、得られたデータを可視化したりシミュレーションするためスーパーコンピュータ(以下、スパコン)を活用してきました。【図1】
当初、私たちは放射光の専門外でしたが、この特殊な光の可能性を信じて、手探りで計測技術やシミュレーション技術を考案。次第に複数の放射光を使いこなし、ゴム材料の開発に活かせるようになりました。
2001年から活用している大型放射光施設「SPring-8(スプリングエイト)」では、極めて明るい高輝度X線によってゴムの構造を観察し、タイヤが転がった状態を模擬しゴムの変形データを取ることで低燃費タイヤの製品化に直結させました。また、高輝度X線から波長が揃った“高コヒーレントX線”をつくって活用することで計測の精度や得られる情報量が格段に高まり、ゴム材料の新たな知見を得られました。
◆放射光などの先端技術を積極的に活用【図1】

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低燃費ゴムを開発し、相反する性能を高次元で両立させた「エナセーブ」
タイヤは、ゴムに加える充填剤(カーボンブラックやシリカなど)の種類や量によって、乗り心地やグリップ性能、燃費性能が変化しますが、そのメカニズムの一部は未解明でした。そこで、SPring-8でゴムの内部構造を観察すると充填剤によって変化するサブマイクロメートル(1万分の1mm)領域の構造が、燃費性能を左右する鍵であることが明らかになりました。そこで得たデータをもとにスパコン「地球シミュレータ」でシミュレーションを行い、充填剤の種類や量の最適解を追求して低燃費ゴムを開発しました。
そして、このゴムの特性を最大限に発揮させるタイヤ構造やトレッドパターン(タイヤの溝のデザイン)を開発し、2012年にグリップ性能を向上させながらエネルギーロスを39%削減することにより、従来品と比べ6%の燃費向上と雨天時の制動性・操縦安定性を備えた「エナセーブPREMIUM」の製品化にこぎつけました。
続いて製品化した「エナセーブ NEXTⅡ」の開発では、SPring-8でゴムの構造解析を行い、大強度陽子加速器施設「J-PARC」の中性子ビームで運動解析を行い、スパコン「京」でシミュレーションして、ゴムの内部構造を連続的かつ鮮明に可視化することができました。これによって「低燃費・雨天時のグリップ力・耐摩耗性」の三大性能を高次元で両立させました。
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目的に応じてX線の種類や中性子線などを使い分けているのですね
「硬X線」でゴムの構造を、「軟X線」でゴムの化学状態を調べ、先進的なタイヤ開発へ
X線はエネルギーの強度や波長の長さによって、硬X線と軟X線に大別されます。SPring-8は幅広いX線領域の光を発生でき、特に高エネルギーで波長が短く透過力が強い硬X線は、ゴムの構造解析で数々の発見をもたらしてくれました。【図2】
一方、低エネルギーで波長が長く透過力の弱い軟X線は、ゴムの化学変化や劣化状況などの化学状態を調べるのに適しています。その活用例として、2023年に開発した「アクティブトレッド」技術があります。これはタイヤの制動性を奪う大敵の「水」を味方にする逆転の発想で、雨の日はゴムの内部に水を浸み込ませることで柔らかくして路面との密着性(グリップ力)を高め、晴れて路面が乾燥すると硬さが戻る技術です。
これを実現するため、水によってポリマー(高分子)の結合が一時的にほどけてゴムが柔らかくなり、乾くとポリマーが再結合して硬さが戻る「水スイッチ」を開発しました。その構造を分子レベルで確認するため、中型放射光施設「UVSOR(ユーブイソール)」の軟X線を使って可視化しました。
さらに、水スイッチと同様の発想で、低温でも柔らかさを維持することで、氷上で密着してグリップ力を発揮する「温度スイッチ」も開発。このふたつの機能を搭載して製品化したのが、全天候に対応する万能タイヤ「シンクロウェザー」です。【図3】
◆放射光施設における軟X線と硬X線【図2】

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◆ふたつのスイッチで全天候に対応するタイヤ「シンクロウェザー」【図3】
「水スイッチ」


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「温度スイッチ」

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次世代放射光施設「NanoTerasu(ナノテラス)」ではどのような研究を?
SPring-8より100倍明るい軟X線を使えるNanoTerasuの威力
2024年4月に稼働を開始したNanoTerasuは日本の先端技術を結集した放射光施設です。SPring-8より100倍ほど輝度が高い(明るい)軟X線を発生でき、ゴムがどのような化学変化を起こしているか、構造がどう変わっていくのか連続的に測定できるようになっていきます。当社はこの特性を最大限に活用するため、NanoTerasuに近い仙台市内に新たな研究拠点「住友ゴム イノベーションベース・仙台」を開設し、本社の研究開発部門の一部として新たなイノベーション創出に向けた活動を始めています。
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ゴムが劣化するメカニズムや「水」の本質を解明し次世代タイヤの開発へ
当社は10年以上前からX線解析による「タイヤの性能を持続させる技術」、つまり劣化を抑制する技術の研究を続けています。タイヤは環境中の太陽光やオゾンの影響を受けてゴムが劣化し、熱の影響によってゴムとゴムをつないでいる硫黄の架橋も変化してしまいます。この変化の特徴は気候条件によって異なり、地域ごとに何が最も大きな劣化要因になるか分かってきました。そこで次の段階では、NanoTerasuの放射光を使って、それぞれの国や地域の気候条件に合わせてタイヤを劣化させ、リアルタイムでその現象を観察することで環境に応じた劣化しにくいタイヤを開発することを目指しています。
◆水の分子制御によってグリップ性能を高める基礎研究

また、先ほどお話した「アクティブトレッド」の開発で、タイヤの大敵である「水」を味方にして雨天時の制動性を高める技術を説明しました。これに関するJ-PARCで行った最新の研究で、荷重をかけたゴムと路面との間に残ったわずかな水の分子を介して、ゴムと路面が互いに引き合う「粘着摩擦」を発生させている可能性を発見しました。この現象をNanoTerasu
の放射光で詳しく解明できれば、タイ
ヤのグリップ性能を高める新たな技術
開発に結びつけられると考えています。
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タイヤゴムの開発で磨いた放射光の活用技術を新たな分野へ
X線解析を活用して開発した新技術は、他分野への応用展開が可能です。たとえば、ゴムを構成するポリマー同士を結びつける硫黄の知見は、次世代二次電池「リチウム硫黄電池」で酸化還元反応を担う「活物質」に利用できます。この電池は、いま主流のリチウムイオン電池や全固体電池に比べて、軽量でエネルギー密度が高く、外部衝撃による発火の危険性も低く、レアメタルを使わない特徴があります。今後もこのような放射光を活用して創出したイノベーションを幅広い分野へ展開し、持続可能な社会の構築に貢献していきます。

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放射光がタイヤの進化に大きく貢献していることに驚きました。本日はありがとうございました。
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※本稿に掲載した図版は、すべて住友ゴム工業の提供によるものです。


