シリーズ偉人たち

彼はなぜ転身したのか?原子物理学から放射線生物学へ

ルイス・ハロルド・グレイ 1905~1965

放射線防護の基本となる吸収線量「グレイ」

「シーべルト」や「ベクレル」とともに、放射線の人体影響や防護で使われる「グレイ(Gy)」という単位(図1参照)。これは物質が吸収した線量で、放射線や物質の種類に関係なく、1グレイは1kgの物体が1ジュール(J)※のエネルギーを吸収したことを示します。この単位名は、放射線生物学のパイオニアと言われるイギリスの物理学者ハロルド・グレイに由来します。
※1カロリー=4.184ジュール

物理学の研究員から病院の物理士へ

グレイはロンドンの貧しい家の生まれですが、幼い頃から成績が抜群だったため奨学金を得て、ケンブリッジ大学へ進学。物理学を修め、1929年、実験物理学をリードするキャベンディッシュ研究所に入所します。当時の所長は「原子物理学の父」といわれたラザフォードで、直接指導したのは中性子を発見するチャドウィックでした。ところが1933年、グレイは研究所を辞し、がん治療に力を注ぐロンドンの病院へ転職してしまいます。
仲介したのはチャドウィックで、放射線照射によるがん治療が急速に発展する中で、線量の測定や人体への影響を調べる物理士が求められていたからでした。グレイは学生時代に教授から生物学の書物を薦められても関心を示さず、物理学の実験に熱中していました。にも関わらず放射線生物学への転身を決意した背景には、若い頃に叔母や恩師の夫人をがんで亡くした体験や人道主義的な資質のためと推測されています。

放射線の吸収線量を求める方法を確立

彼は、がん病巣に照射される放射線量を実験を基にした計算で求められないかと考え、1936年にその方法と関係式を明らかにします。X線やガンマ線のエネルギーは気体でしか測定できなかったため、固体に小さな空洞をつくり特定の気体を封入し、その電気量を測定して固体の吸収線量に換算したのです。これは1912年にヘンリー・ブラッグが示した概念を実証したもので、今日では「ブラッグ・グレイの空洞理論」として放射線技師の試験にも出題されています。(図2)
さらに2年後、ジョン・リードと共同で、あらゆるタイプの放射線に適応できる線量単位を定義。その後も放射線医学・生物学の発展に力を尽くし、亡くなる前年の1964年には日本でも講演を行っています。
そして1975年、放射線吸収線量の国際(SI)単位名を「グレイ」とする名誉が与えられたのです。

(図1)吸収線量は物質が吸収した放射線のエネルギー量

(図2)

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